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エンジェル・セラピスト®水本潤治 「わたしたちの欠陥は、本当に欠陥でしょうか?」

癒やし

自分は欠陥品かもと思ったことがありますか?

あなたは自分のどこかを欠陥だと思ったことはありますか?

誰かと比較を始めた時、自分には○○できないと思ってしまうことはあるかもしれません。
上手にできる人とできない自分を比較して、「自分は○○できない人」と思うだけではなく、それがまるで何か足りない人であるかのように自分を責めることはないでしょうか?

僕の異性の愛し方は、「相手の愛を試す」というものです。
「愛し方」と言いながら、「愛の奪い方」かもしれませんね。

僕が相手を必要としていることが、僕の愛し方であり、相手にとっては「愛されている」という実感になるのだろうとひとりよがりに僕は思っていたわけです。

「これでも僕を裏切らない?」
「あなたを傷つけても、僕を好きでいられる?」
「本当に僕のことを好きなら、こんな仕打ちを耐えられる?」
「こんなわがままを言っても、あなたは許してくれる?」

おおかた、こういうコミュニケーションをするタイプの人は、難しい家庭環境を選んで生まれてきた人に多いようです。
両親の不和などにより、自己肯定感を育むことが出来なかったという経緯がある人と言い替えることができるでしょう。

それを「欠陥」として自分自身を決めつけてしまうのは、自分が可哀想なのですが、自分でそれが何かしらの必要なものと思えずにいました。

幼い頃から「愛する」ということの意味が分からず、それを教えてくれるはずの人たちの「愛し方」はゆがんでいて…。

要するに「愛に彷徨っている」人間は、何かしらの欠陥品だとうと僕自身は思っていました。異性と出逢っても、いつの間にか相手を傷つけて、自分も相手も疲れ果てさせ、別れてしまうなんて、よくあるハッピーエンドの物語にはない展開ですから。

今なら、そのゆがんだ愛し方を客観的に捉えることもできます。
それは、僕のその愛し方もものの見方によっては可能性であると認めることができたからです。

自分が欠陥だと思っていたのは、本当は…

「愛し方を知らないあなたが、1度でいいから、幸せな子どものように、認められて、許されたかったんだよね。」と。

僕の「欠陥」が、ひょっとしたら、「可能性」かもしれないと思えたのは、パートナーの存在が大きいと思います。

自分ひとりでは、「欠陥」と考えていたものが、その出逢いによって、さらにあぶり出され、それをふたりで検証し、本当に弱さなのか、欠陥なのかを観ていく作業はしんどかったですが、今のセラピスト人生に「可能性」として反映されるようになりました。

僕たちのセラピーサロン「AQUAMIXT」のサービスになったというわけです。

何かしら自分の欠陥を抱えていて、そこに可能性を置き忘れてしまった人たちと対峙して、一緒に欠陥(と捉えたもの)を認め、可能性を見いだしていく作業は、そのままスピリチュアルカウンセリングやレッスンになりました。

どうしようもない欠陥が、本当は自分自身の「価値」だったのかもと、誰もが思えるとしたら、どのような世界になるでしょうか。

欠陥だと思っているところ、それは実はあなたの「強さ」であり、「可能性」や「価値」だとしたら、今、わたしたちは何をすればいいでしょうか。

少なくとも、自分を責めることや他者と比較して落ち込むことではないようです。

AQUA MIXT 水本潤治

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AQUA MIXT スピリチュアルカウンセラー・整体師・菜食料理研究家・スピリチュアルエッセイスト。 ”水のようにあなたの本質を潤して治す” 直感的・心理学...

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