日本ではじめての芸能人は呪術師だった?

スピリチュアル

芸能の起源

日本ではじめての芸能人というと、どんなイメージがあるでしょうか? テレビに最初に登場した人? それともラジオ? 能や歌舞伎などといった古典芸能の役者さんをイメージする人もいるかもしれません。

日本で最初に芸能を生業とするようになった人、つまり芸能人は「傀儡師(くぐつし)」と呼ばれる人々だったのではないかといわれています。

かれらの存在が、記録に登場するようになったのは平安時代頃なのですが、それより以前にも活動していたといわれています。それが芸能人として認知されたのは、一部の傀儡師たちが、お寺や神社のお抱えとして雇われたことがきっかけです。

元々は、全国各地を旅しながら狩猟と芸能で生活していた集団だったのですが、寺社に雇われることによって、芸能に専念することができ、貴族からのバックアップを受けることもできるようになった結果、その技術が、後の能楽や歌舞伎へとつながっていったのです。まさに芸能の大元ともいえる存在といえるでしょう。

傀儡師は呪術師でもあった

彼らは踊ったり、手品を見せたり、歌ったりもしていたそうですが、メインとなるのは、操り人形を使った芸だったといわれています。これは後に人形浄瑠璃や文楽などへとつながるのですが、それだけでなく、この人形を使った芸には、呪術的な力が秘められていたといわれています。

傀儡師の芸のひとつであった踊りは、神楽や剣舞として寺社に伝わっていますが、彼らは人形に舞をまわせることで、祈祷や祓い、託宣などを行っていました。また、傀儡師の女性は巫女のような行為を行う一方で、遊女的な役割もこなしており、世界中の古代の巫女に共通するいわゆる神聖娼婦だったようです。

神社と傀儡師の関係

このような人形を使った呪術的な儀式は、現代ではほとんど姿を消してしまいましたが、比較的最近までその伝統を続けていた神社があります。それは全国のえびす神社の総本山である「西宮神社」。

この神社は、境内に百太夫社という特別な社があるほど、傀儡師の一族とつながりが強かった神社であり、室町時代頃には、この神社の参道で、傀儡師がご祭神であるえびす様の人形を使って、さまざまな芸を行っていたのだそうです。

西宮神社に使えていた傀儡師たちは「えびすかき」と呼ばれており、全国各地をまわってえびす様の人形を使った芸をみせて、西宮神社を宣伝していましたが、明治時代に入ってすぐにかれらは姿を消してしまいました。

いったいどうして姿を消したのかは定かではないのですが、後継者不足にプラスして、時代が変わって、商売が成り立たなくなったので廃業したのではないかといわれています。

現存するすべての芸能の大元になった傀儡師の芸。彼らは人形を使ってどんなことを行っていたのか? 無理とはわかっていても、一度は見てみたいものです。

COCORiLA編集部

89,672 views

サイトの名称であるCOCORiLAとは「ココロ+リラックス」を意味しています。そんな名称通り、心や身体を癒やしリラックスさせ、スピリチュアルな分野はもちろん...

プロフィール

ピックアップ記事

関連記事一覧

  1. この記事へのコメントはありません。