空を彩る花に秘められたエネルギー

癒やし

花火と不老不死の関係

そろそろ全国で花火大会が行われる時期が近づいてきました。夜空を大きく彩るさまざまな花火は、私たちの目を楽しませてくれる夏の風物詩です。

そんな花火の起源は6世紀頃、中国で火薬が使われるようになったのとほぼ同時期だと考えられています。

ちなみに、火薬が造られたきっかけというのは、錬丹術だという説があります。錬丹術とはなにかというと、不老不死を得るための方法のひとつで、大ざっぱに外丹法と内丹法にわかれています。

外丹法は、外部にあるさまざまな物質を混ぜ合わせることで、不老不死の仙人になることのできる仙丹という薬を造るというもの。一方、内丹法は、自分の体の中で気を錬ることによって、同じく仙丹を生み出すというもので、現在では健康法として一般的になっている気功法はここから生まれたといっても過言ではありません。

現在でも残っている気功法や仙道では、後者の気を錬って仙丹をつくる内丹法しか残っておらず、外丹法は廃れてしまっています。なぜ廃れてしまったのかというと、水銀や鉛を混ぜ合わせるなどして、さまざまな試みが行われたにも関わらず、結局仙丹は完成しなかったからなのです。

しかし、その副産物は現在でも残っています。不老不死の薬はできませんでしたが、さまざまな物質を混ぜ合わせる過程で、いろいろな化学的な発見が成されたのです。その中のひとつに黒色火薬がありました。

日本で花火大会が始まった理由

日本ではじめて花火を鑑賞したのは徳川家康だという説が知られています。中国製の花火を家康が見物したことから、日本でも花火の製作がはじまったとされているのです。ただし、この当時の花火は、手持ち花火のようなものが主で、大型花火による花火大会が行われるのは、徳川幕府8代将軍吉宗の頃まで待たなければなりません。

現代でも有名な隅田川の花火大会が、初の大型花火を使うようになったものです。こちらは、吉宗が死者の慰霊と悪霊退散を祈って隅田川で行った、水神祭りの花火がはじまりとなっています。この当時は関西では飢饉、関東ではコレラが猛威をふるっていて、多くの死者を出しており、世間には不安と恐怖に溢れていました。そんな人々の心を明るくするという目的もあったのでしょう。

現在の花火の色は色とりどりで、なおかつ、さまざまな色合いに変化しますが、これは明治時代以降に、海外からさまざまな発色剤が輸入されてきたことによって可能になったものです。ちなみに吉宗の頃は、炭火のような色、つまりは赤っぽい橙色が花火の色でした。

エネルギー的にみると、赤は五行では「火」となります。こちらは、活動的であり、もっとも強いエネルギーといえます。さらに、カラーセラピーなどでも、赤はエネルギーを活性化させ、生命力を強くするといわれています。そんな火のエネルギーを強烈な火薬で空に打ち上げて、大きく拡散させるというのは、ネガティブなエネルギーを吹き飛ばすという意味でも非常に理にかなっているといえるでしょう。

暗い闇の中に現れる太陽のような輝き。人の心の暗闇を切り裂いて光を差し込ませたい。悪いエネルギーを振り払いたいという願いが、花火大会の始まりだったわけです。花火大会に参加するときは、そんなことを考えながら見てみるのもいいと思いますよ。

COCORiLA編集部

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