300年以上続いた珍しい伝統行事が途絶える

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直訴からはじまった建田宝永講

309年間続いた伝統行事が、今月の頭に幕を閉じました。こちらは、「建田宝永講」と呼ばれるもので、地区の住民が1年交替で講元を務め、その講元が神社となるという珍しい形態のものだったのです。特定の神社があるわけでなく、ご神体を床の間に祀るというだけでも珍しいのですが、さらにこの行事にはとてもドラマチックな由来が存在しています。

今から300年ほど前、宝永6年。大水害などで水田が被害を受けているにも関わらず、年貢を厳しく取り立てられて困窮した領民が、代官へと年貢の減免を訴え出たものの、受け入れられなかったどころか、厳しく処分されてしまいます。

そこで、農民達は最後の手段として、直訴を決意します。直訴といえば、失敗すると処罰されることも多く、それ以前に幕府にたどり着く前に捕まってしまえば死罪になる可能性もあるという、かなりリスクの高いものでした。

3つの村が協力して行った直訴は、様々な困難を奇跡的に乗り越え無事に成功し、代官は罰せられ、領民は救われました。このようなことになったのは、この地域で日頃から信仰されていた金毘羅大権現のご加護によるものとして、そこから盛大な講を行うようになったというわけです。

失われていく伝統的な行事

こちらの講は、毎年神を祀る家である講元が選ばれ、その家の一室が社殿、つまり神社となって「御正体」と呼ばれるご神体を収めた木箱が床の間に安置されることになります。この御正体は、毎年11月10日に行われる大祭で、次の講元に渡されることになっており、最初の頃は、遠方からの参拝者が講元の家に宿泊するなど、かなり大がかりなものだったようです。

しかしながら、この伝統のある行事も高齢化にはさからえず、講元がどんどん減ってしまったために、開始から309年目となる今年で終わりとなりました。といっても、神様をお祀りする行為自体がなくなったわけではなく、今までは持ち回りだったご神体を、新築した社殿に移して恒久的にお祀りするという、一般的な形に変わることになったのです。

信仰が薄くなり、超少子高齢化が進む日本にあっては、このようなことはこれからもどんどんと増えてくることでしょう。今回は神社にお祀りするということで、信仰自体は失われませんでしたが、場所によっては信仰が完全に失われてしまうこともあることを考えると、ちょっと寂しいものがあります。

COCORiLA編集部

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