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エンジェル・セラピスト®水本潤治 「無条件の愛を誰かに与えることはできるのだろうか?」

癒やし

スピリチュアルなことを扱った本に、「無条件の愛」を説くものがあります。

そして、子育ての本には、親から子への「無条件の愛」が大切だと言い放つものもあります。無条件の愛を実践していますか?

無条件の愛を示すにはどうすればいいのか?

40歳を過ぎてからの子育ては、いろいろなこだわりや経験がそれを複雑にしてしまったように思います。

心理学の知識、子育てや親子関係についてのカウンセリング、セラピストとして経験や自信がかえって、「こうあるべきだ」「こうすべき」「こうしたらこじれる」という制限を作りだしてしまい、親としての自分自身を評価・批評してしまいました。

子育て本で読んだ「親は子に無条件の愛を持っている」という言葉は、親としての僕にとっては、ただの精神的重圧でしかありませんでした。

できるだけ、褒め方も娘の存在そのものを認めるような言い方をしてみる、また、わるいことをしたら、頭ごなしに怒るのではなく、どうしてそれをしてしまったのかをきちんと訊き、娘の心に寄り添うようにするなど、条件付けしてしまう親としての自分を省みて、日々の子育てに向かいました。

できない自分との葛藤

しかしながら、理想と現実のギャップは、いっそう僕を苦しめました。

僕の氣分で叱り方の強弱は違うし、娘とは関係のないことでイライラしていても娘のせいにして怒っている自分もいます

娘にとっては空模様のようなパパの言動が、彼女に良い影響を与えないと分かっていながら律することができない自分に苛立ち、その苛立ちをまた娘にぶつけてしまうなんてことは日常茶飯事です。

程度こそあれ、僕の中に娘を虐待してしまう種のようなものはいつも自覚してしまいます。「将来、この子のためにならない」、しつけと自分に言い訳をして虐待している自分を…。

親が子どもを無条件の愛で包んでいるとか、正直、自分を省みて微塵も思えません。
そういう立派な大人がどこかにいるのだろうか?

熱帯夜に冬のパジャマを着る娘

ある熱帯夜の夜、娘の靴下を手洗いしている時、お風呂場から呼ばれ、お風呂上がりの娘をタオルで拭いていた時のことです。

ちょうど、靴下を洗い始めた時だったので、その呼んでいる声にちょっとイラッとしてしまい、笑顔で彼女を迎え入れることはできませんでした。

いつもなら、お着替えをする場に僕も一緒にいるのですが、適当にパジャマを出し、

「これを着ててね!」とイライラしながら、娘に渡しました。

靴下を洗い終わり、娘のところに戻ると娘は、冬のパジャマを着ていました。

「これじゃないよ!」「違うよ!」と娘もパパにツッコみたかったと思います。
しかし、娘は忙しそうにしている僕を見て、パパの面目を保たせるように気を使ってくれたのです。

冬のパジャマを着て、僕に優しく微笑んでくれる彼女を見て、

「無条件の愛は、子どもから親に対して与えているものなのかもしれない。」と思いました。

娘もよく、「パパはわたしに甘えているんだよね?」と不機嫌な僕を見ると言うことがあります。

「そうなの、パパはね、キミの愛に甘えているの。だから、不機嫌になったり、怒ったりしてしまうの。本当、ごめんね。生まれてきてくれて本当にありがとう。キミのパパになれて良かったよ。」

と伝えています。

子が親を無条件の愛で包んでくれる

彼女の無条件の愛に身をゆだね、僕は正直な自分を見せることにしています。
どんなことを考え、どんなことを嫌がり、怖がり、不安になり、悲しいのか、目を見て彼女に伝えるようにしています。

パパとしてのカッコイイ一面は見せられずにいますが、まず、僕がパパとしての自分をありのまま認めようと思っています。
だらしなくても、格好悪くても、きちんとして無くても、矛盾があっても…。

それが、娘に良い影響があることは、いつも楽しそうな娘を見ていて感じます。

娘に無条件の愛を与えられて、何とか自分が自分にその愛を向けられるようになってきたかもしれません。

まずは、自分にどのように無条件の愛を与えられるだろうか?と問うていきたいです。

AQUA MIXT 水本潤治

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AQUA MIXT スピリチュアルカウンセラー・整体師・菜食料理研究家・スピリチュアルエッセイスト。 ”水のようにあなたの本質を潤して治す” 直感的・心理学...

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